ようするに、「企業に見捨てられたら人生おしまいだ」「働くことは生きること」「仕事がなくなることは人間性を失うこと」という理屈が一貫している限り、「NOと言えない労働者」になってしまう。だから竹中平蔵さんのような方に、足元を見られて、「失業がこの程度で済んでいるのは、非正規労働を増やしたからだよ。労働者のみなさん、ありがたいと思いなさいよ」などと言われて反論ができなくなるのです。
「生活できない非正規労働」だったら、「生活できる失業」の方がいいと反論する必要があるのだけど、反論しないんですね。そんなこと言うと「お前は働く気がないのか」と叩かれるからです。そこが「絶対的な是」となっていて、それ以外の生き方が認められない。そうすると、賃金を上げたり、労働者の権利を向上させると、企業は海外に逃げちゃうよとか、会社ごとつぶれちゃうよとか、「企業あっての人生だよ」ということになってきて、みんな「NOと言えない労働者」にされ、企業側、経営者側からはいつまでたっても足元を見られることになり、「貧困スパイラル」 を止めることができなくなるのです。
企業に捨てられたら人生おしまい -日本社会の岩盤なくし「NOと言える労働者」へ|すくらむ (via laft)
それで阻害されない具体例がないと







